「嶋本。手伝おう」
そう声を掛けると、フライパンを振り上げて器用に中身を混ぜ返した嶋本が振り返った。
「あ、じゃあ、これ入れる皿、出してもらえますか?」

短く了承の声を返して、真田が背中を向ける。
キッチンボードの上部、積み重なった皿に手を伸ばすその後姿。とうの昔に見慣れたはずのその背中に、つかの間見入る。
同じ性別の自分でも、見惚れる程に均整の取れたその姿。

鼓動が、僅かに早まったのが判った。



明日は非番。
ということで真田は嶋本の部屋に泊まりに来ていた。

毎回、非番の前日は交代で泊まりあっているのだ。
毎回といっても、言葉どおりではない。
何せ、二人とも立派な大人だ。それなりに付き合いなどもあって。
なんだかんだと、こうしてお互いの都合が合ってゆっくりできるのは、実に一ヶ月ぶりだった。



無駄に凝り性な自分の所為で、無駄に豪華な食卓を二人で挟む。
仕事上ほぼ毎日一日中顔を合わせているから、特に話す様な事もない。けれど、この沈黙は決して苦ではない。
目の前で黙々と自分の作った料理を口に運ぶ真田を、ちろりと上目で窺う。
見飽きるほど、いや見飽きるわけはないが、見ているその顔。
平均よりも大分表情に乏しい、やや伏せられたその片二重。
食事のために開閉されるその唇に、視線が吸い寄せられる。


「嶋本?どうか・・・」
「いえ!なんでもないです!!」
視線に気づいた真田が声を掛けると、嶋本は慌てて止まっていた箸を動かし始めた。


怪訝な顔を見せながらも、食事を再開した真田を、傾けた茶碗越しに見やる。
飛び跳ねた鼓動が、まだ収まらない。

いっくら久しぶりやからって、思春期のガキやあるまいし。
ありえん。ちゅうか、あったらあかんやん。こっぱずかしい。

しばらく互いに無言で、食事をする。真田は今時珍しい、というか、らしい、というか、食事時にテレビを見ることは好きではないらしい。
基地で昼食などを食べるときには、ニュースなどが流れているが、彼はよほど気になる、つまりは海難関係の、もの以外には視線を向けることすらしない。
ただひたすら食事に専念するのだ。
初めのうちはなれなかったが、今では嶋本にとってもこれは当たり前になりつつある。

が、今日に限っては、この静けさが落ち着かない。


必死の自制心で、なんとか集中して食事を済ませ。
両手を合わせて、真田が嶋本を見た。
「いつもながら、美味かった。ご馳走様」
まっすぐな視線、プラス口元には微笑を浮かべ、至極満足そうな声で言う。
なんら他意がないことはわかっているのに、その表情と声音に顔が熱くなる。
「お、お粗末さまでした・・・」
思わず顔を俯かせて、空になった食器を重ねた。かちゃかちゃと器用に食器の塔を作って、嶋本が台所へ向かう。
残った食器を持って、後に続いた真田が、シンクの前で腕まくりをしている嶋本の横に立った。
持ってきた食器をシンクの空いているところに置きながら、嶋本を見る。
「俺が洗うから、嶋本は先に風呂に入るといい」
「え!?や、隊長こそ、先入ってくださいよ」
自分よりも立場が上のものに洗い物などさせるわけにはいかない、と、嶋本が慌てて首を振る。
「しかし、家主は嶋本だから」
「そういうたら、隊長はお客さんなんやし」
どちらの言い分も尤もだ。
真田は少し考えて、一つ溜息を吐いた。

考えるのが面倒になったのだ。

嶋本にはそれがわかるから、思わず身構えた。考えることを放棄した真田の結論は、大概が大きなダメージを持つ。本人以外に対して。

「・・・一緒に入るか?」
「んなっ!?」

思わず、その状況をリアルに想像した嶋本の顔が、瞬く間に首まで赤く染まった。

「あほ言わんと、さっさと入ってきてください!」
怒鳴るように言って、嶋本は真田の背中をぐいぐいと押した。
半ば強制的に浴室へ向かわせて、嶋本は改めてシンクに向かった。

全て洗い終えて食器を棚に戻していると、がらりと、浴室の戸が開く音がした。
「いい湯だった」
「そら良かったです」
顔だけ向けて声を掛けた嶋本は、次の瞬間、またも顔を赤く染めた。
「嶋本?」
「や、あの、スンマセン・・・。なんや・・・」
口ごもって俯く嶋本の顔を、真田は屈んで覗き込んだ。
慌てて顔を上げて、嶋本が向こうを向いた。その耳が、見間違えようもなく、赤くなっている。
「嶋本・・・。何を照れているんだ?」
「っ!照れっ・・・、や、何でですかね・・・」
あはは、と乾いた笑いで、誤魔化すと素晴らしい速さで残りの食器を仕舞い、俺も風呂行ってきます、と言い切らないうちに姿が戸の向こうに隠れた。


ホンマありえんて、自分。隊長の身体なんか見慣れとるはずやんか。それも大概が全裸やぞ。たかが半裸に、ありえんて。年頃の娘やあるまいし。ホンマどうかしとる。

駆け込んだ浴室。廊下とを区切るドアに凭れた嶋本は、火照った顔を両手で挟むように押さえた。ぐるぐると正常になりきれない思考を巡らせて、思わず脱力してドアに沿ってずるずるとしゃがみこんだ。


嶋本が一人であわあわとしている頃、一人残された真田は、しばしぽかんと浴室を眺めていたが、不意に喉を振るわせた。
声を立てるでもないその笑いに、どうやって気づいたのか、嶋本が顔だけ覗かせて怒鳴った。
「笑わんといてください!!」
笑うな、というほうが無理な程の赤い顔は、それだけ言うとまた直ぐに引っ込んだ。
その様子がまた可笑しかったらしく、真田はしばらく笑い続けた。



そんなこんなで、まあ、風呂から上がった頃には、嶋本もすっかり落ち着いたらしく、二人で適当にビールを空け、適当な番組を観賞しつつ、夜も更ければ。
同性ながら、愛し合っている者同士、することといえば、只一つ。


いつまでたっても恥じらう嶋本のために部屋の明かりを消し、カーテンもきっちり閉め。
湯上りに来ていたTシャツを捲り上げる。
僅かに抗う素振りを見せるのを、口付けて大人しくさせる。
手を這わせながら、口腔を荒らす。舌を絡ませ、吸い上げる。
硬くなり始めた胸の突起に軽く爪を立てて、上あごを舌先でなぞると、ほんの少し苦しそうな、けれど甘い声が上がる。

着ているものを脱がそうと、真田が身体を起こす。
ようやく激しい口付けから解放された嶋本の顔は、先刻以上に赤く染まり、目は快感のためか息苦しさのためか潤んでいる。荒く呼吸を繰り返すその唇は艶やかで。
もう幾度目かも判らないほどに迎えた夜なのに、思わず心臓が鳴る。

真田は些か性急にも思える動きで、嶋本を裸にして、その隅々にまで口付けを落とそうとする。
首筋に。鎖骨のくぼみに。わき腹に。内腿に。膝の下。足の指先まで。
そのたびに、声を上げかけて、けれどそれは押し当てられた嶋本の手の甲に留められて、くぐもってしまう。
いつもならば特に気にしたこともなかった。
あからさまな声を上げることを、嶋本が嫌っているのを知っていたし、嫌がることをさせるつもりもなかった。
けれど。

「や…っあ!ちょ……」

抑えようとするその手を掴んで外させる。そのままシーツに縫いとめて、露をこぼし始めたその部分を撫で擦る。
とっさに上がりかけた声を、嶋本は唇を噛むようにして押し殺した。

「嶋本・・・。声が聞きたい・・・・・・」
耳元で囁くと、嶋本はキツク目を瞑って、首を振った。
「ヤや、はずかしい・・・。たいちょう、かんにんして」

嫌がるその様子にさえ劣情を刺激され、自身がより硬くなっていく。

零れる涙に唇を寄せる。眦に口付けて、頬に舌を這わせる。
その間も休むことない手の動きに、すっかり力が抜けたらしく、すでに唇をかみ締めることすら出来なくなっている。

「嶋本」
熱の篭った声で呼ぶと、うっすらと眼を開いた。
完全に欲に溺れたわけではない、けれど理性を保っているわけでもない、その潤んだ瞳に否応なく煽られる。
堪えられず、嶋本の最奥に濡れた手を伸ばすと、うろたえた声を共に嶋本が顔を跳ね上げさせた。
「やっ、たいちょ!」
いつもならば、手を伸ばしたことにも気づかない程に理性を飛ばしてからだから、嶋本が驚くのもムリはない。


だが。
うるんだ目と、上気した頬。荒く息をつくその口、唇の間から見えかくれする舌。


その全てに、もはや我慢など出来るはずは無く。


「すまん」


一言、謝って───。





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そうです、11/6の戦利品を美味しく煮込んで、更なるスバラシー作品に進化したものを、またもや強奪いたしました!(グッジヨブ渋谷!)
しかもお誕生日プレゼントにしてくださるって…!もうどうしよう嬉しくて窒息しそう!
ありがとうございますありがとうございますだいすきです…!
本当はもっと以前に頂いてたんですが、渋谷の電脳が故障中だったので、今までウプれませんでした。
和泉さま、ご来訪者の皆様、まっこと申し訳ありません…!

和泉さまの本宅には更なるお宝が眠っています。ぜっひ一度訪問されることを強く強くオススメします!
こちらです!↓いってらっしゃいませです!
「黒名簿の宴」